ボン教のブッダ・本尊
ボン教の創始者トンバ・シェンラプ・ミオゥ。今から18000年前に神秘の国オルモルリンに王子として生まれました。これはインド・ドランジにあるメンリ僧院の本堂の中に安置されている像。ここではトンバ・シェンラプはゾクゥ(報身)の姿をしています。報身トンバ・シェンラプの服装は西方ペルシャの民族衣装に似ています。ボン教がインドよりも西方と深い繋がりがあるという証拠のひとつです。右手に持っているのはチャクシンと呼ばれる杓子です。チャクシンの両端には逆万字が見られます
ティテン・ノルブッツェ僧院のトンバ・シェンラップ。
ゾクチェンの報身を象徴しています。
トンバ・シェンラッブ、シェンラ・ウーカル、シェンラップ・チャンマ、ブムティの四神はボン教の4大神格とされています。シェンラップ・チャマはトンバ・シェンラップの明妃でもあり、すべてのブッダの母とも呼ばれています。
燃える炎のトラ神という名のイダム。
シェンラップ・マウィ・センゲは仏教で言うところの文殊菩薩。文殊菩薩は菩薩だけれども、マセン(マウィ・センゲ)はブッダだという違いがあります。毎年チベット暦二月にボン教寺院ではマセンの儀礼が何日も執り行われます。その時いく色もの砂でマセンの曼荼羅が作られます。最終日には夜明け過ぎまでマセンへの祈りが続きます。瞑想に献身するお坊さんはマセンの代わりにテンバ・ナムカの儀礼を何日もします。マセンの儀礼が終わるとボン教寺院に春がやってきます。
シャンシュン王国ととても深いつながりのあるボン教のイダム。ゾクチェンの教えともかかわりのあるこの守護尊はとても古い来歴を持つものです。
スィピ・ギャルモもイェシェ・ワルモも同じ女神様です。スィピ・ギャルモはボン教のイダムの中でもっとも重要な女神様です。チベットにあるゲルク派の僧院ガン デン寺が建つ場所はもともとスィピ・ギャルモと深いかかわりを持つ土地です。ボン教僧院で重大な決定をするときにこの女神様にお伺いするということです。 仏教のパンデン・ラモに比較されることがありますが、ボン教におけるその役割の重要性では比較になりません。イェシェ・ワルモは常に動物には乗らない姿で 描かれます。ゾクチェンの教えの重要な守り神です。
スィピィ・ギャルモが馬から降りた姿。
ボン教のタントラ(密教)の中でももっとも高度なマギュのタンカ。ちなみに仏教では、ゾクチェンを密教の中に分類しますが、普通ボン教ではゾクチェンを密教の一つに数えません。
タピリッツァは一切の衣服を着けず裸の姿をしている。 ゾクチェンの境地を象徴する。
タピリツァとナンセル・ロポの出会い。ゾクチェンの境地のまま虹となった後子供の姿で、湖の島で修行を続けるナンセル・ロポの前に姿を現したタピリツァ。ボン教でもっとも有名な話のクライマックスです。それまで口頭でしか伝えることを許されなかったゾクチェンの教えをタピリツァは弟子のナンセル・ロポに書き取らせたのがシャンシュン・ニェンギュの経典です。シャンシュン・ニェンギュはボン教の経典の中でもっとも神聖な経典のうちの一つです。
14世紀のボン教のラマ、シェーラップ・ギャルツェン。ニャンメとは並ぶ者のないという意味である。別名ギャルワ・ニーパ(第二の大王)とも呼ばれます。ギャロン地方出身です。(ちなみに卓越したボン教ラマの多くがギャロン地方出身です。)エルエンサカ僧院最後の僧院長であり、洪水でエルエンサカ僧院が破壊されたあと、より高い土地にメンリ僧院を15世紀初頭建立し初代のメンリ僧院長としてボン教の発展に尽くしました。このラマについてはいくら語っても語りつくせません。